「キンドルバーガーの罠」について

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米中関係に迫る罠

  20世紀からの覇権国であったアメリカと1970年代後半から始まった鄧小平の改革開放政策によって急激な経済成長を遂げた中国との関係が良好なものとは言えない。特に近年では両国間の貿易戦争によって関係がさらに悪化しているように思える。
そんな中、ニュースやネットの記事などで「トゥキディデスの罠」という用語を耳にしたことがある人は多いだろう。トゥキディデスの罠とは、「急激に成長する新興国と、それを警戒する従来の覇権国家が戦争不可避の状態に陥ること」である。1871年に統一を達成し国力を急激に上げていた新興国ドイツに対して、世界の四分の1を支配していた覇権国家のイギリスが経済や軍事力競争の末、1914年には第1次世界大戦によって両国が激しくぶつかり合うことになったことはトゥキディデスの罠の典型的な例だ。 

しかし米中関係の話題で「キンドルバーガーの罠」という用語を聞いたことある人は少ないだろう。キンドルバーガーの罠とは、「新たに覇権国家になった国が、グローバルな公共財を提供する役割を怠ることで国際的な混乱に陥ってしまうこと」である。例えると、第1次世界大戦によって没落したイギリスに次いで覇権国家となったアメリカが国際秩序の構築を怠り、孤立主義をとってしまったことで、1930年代の大恐慌が起こりそのまま第二次世界大戦へ突入してしまったことである。 
今日の米中関係では、この「罠」を避けることができるだろうか。まずトゥキディデスの罠を考えたい。中国は1978年に始まった改革開放政策によって社会主義の計画経済から、資本主義的な市場経済へと移行した。90年代から急激な経済成長を始め、2010年には日本を抜いて世界二位の経済大国になった。近年ではIT産業を中心に国外にも影響を及ぼし、また習近平によって始まった欧州、アジア、アフリカを経済で結ぶ「一帯一路」構想によってますますアメリカの覇権国家の座を脅かしている。
このような状況は第1次世界大戦前の英独関係に似ており、トゥキディデスの罠があてはまるように思える。しかし当時の英独関係と現在の米中関係は大きく異なる所がある。まず第1次世界大戦前のドイツは、イギリスをすでに経済力では超えており、イギリスの国力は低下していた。対して今の中国のGDPは約12兆ドルで、アメリカの約20兆ドルには遠く及ばず未だアメリカはダントツで世界一の経済大国である。また中国は国内外で多くの問題を抱えている。国内では、新疆ウイグル自治区チベット独立運動が行われ、香港では中国共産党に対する激しいデモ活動が続いている。国外では、南シナ海をめぐって周辺国と対立しており、多くの国と国境を接している中国にとっては常に周辺国との関係が大きな問題になっている。これは接している国境が少なく、他の大国から離れているアメリカとは大きな違いだ。
このように中国は、アメリカの覇権国家の座を奪うためには多くの課題が残っている。そのため第1次世界大戦前の英独関係と違い、トゥキディデスの罠が両国の関係において当てはまるとは今のところ言い難い。このまま対立関係を続けて20世紀初頭のようなことが起こる前に、この緊迫した状況から抜け出す打開策を両国で考え出すことで、トゥキディデスの罠を避けることが出来るのではないだろうか。次にキンドルバーガーの罠はどうだろうか。中国は、先程述べたような経済成長によって、アメリカに続く次の覇権国家であると予想する者が多い。しかし覇権国家とは、国際社会の秩序の維持やグローバル公共財の提供など様々な役割を担わなければならず、それを怠ってしまうと第一次世界大戦直後の国際社会のような状況に陥ってしまう。
中国は急激に国力を伸ばしているためアメリカから警戒されてはいるものの、実際国際秩序を乱しているかと言うと、今の所そうとは言えない。ナチスの様に国際社会をひっくり返そうというわけではなく、むしろ2015年のパリ協定や、同年に行われた米中間で商業目的のサイバースパイ活動を禁止する合意など、国際秩序の維持に貢献しているよう思える。ただ、先に挙げた南シナ海問題の例など、中国がこのままの国際社会を完全に維持するとは断言できない。 

2つの学説を見てきて、どちらの学説もこの両国の関係に当てはまりそうだが、この2つの「罠」を避けることがまだ可能であるとも言える。グローバル化によって全ての国が共通して持つ国際問題が増えた。環境問題などはその1つであり、世界中の国が協力して解決していくしかない。しかし、二酸化炭素排出量世界1位と2位の国が率先して共にこの問題に取り組まなければ問題解決は不可能だ。現在のような対立関係を続けるのではなく、まだ時間があるうちに関係を良好なものにしてもらいたい。